こんにちは!
KEN(@nomilenolife)です。
本ブログでは、鉄道・航空などの公共交通や、移動が快適になるサービスに関する情報などを、「旅行・出張」というカテゴリーの記事でご紹介しています。
500系新幹線は、全盛期には一世を風靡しましたが、現在はネタ路線に生きています。
その数奇な歴史を振り返っていきます。
500系新幹線の歴史①:華々しいデビュー

まず、500系新幹線について簡単にご紹介します。
・JR西日本が飛行機との競合で速達性を強化するために設計・開発した車両。
・1997年3月に営業運転を開始。
・当時の高速鉄道では世界初となる、時速300キロを達成。
デビュー後は、「新大阪-博多間」を最速2時間17分という当時では驚異的な速さで結び、その後東海道新幹線にも乗り入れるようになりました。
また、500系新幹線は自然の知恵を活かした独特な車体設計が特徴です。
・カワセミを模倣した円筒状の独特なフォルム
・翼の形を取り入れたパンタグラフ
実は、カワセミは水中の魚を捕獲するとき、時速100キロのスピードで飛行します。
水中へくちばしが入るときの衝撃が少ないことで、獲物が逃げるリスクを減らしています。
このような、自然界の知恵を新幹線の車体設計に取り入れたことで、以下のような課題を解決することに貢献しています。
・高速でトンネルに侵入するときの騒音の緩和
・風や空気による走行時の抵抗の軽減
そして、デビューした翌年の1998年には、ブルーリボン賞を受賞しています。
ブルーリボン賞とは、年に1度、鉄道友の会が選定する、日本の鉄道車両に対する最優秀賞のことです。
詳しくは、鉄道友の会ホームページをご覧ください。
500系新幹線の歴史②:JR東海からの迫害
このように、当時の世界最高速度を記録するなど、500系新幹線はその革新性で一世を風靡しました。
しかし、残念ながらその繁栄は長くは続きませんでした。
500系新幹線は、その斬新かつ独特な車体設計が故に、以下のような問題がありました。
運転台の後ろに、
乗客が乗降するためのドアがない
東海道新幹線の「のぞみ」では、16両編成のうち先頭の1-3号車へ自由席が設置されています。
運転台の後ろに乗降用のドアがないと、自由席である1-3号車への乗降に時間がかかってしまうため、「ダイヤ乱れ」などのトラブルにつながることがあったそうです。
その結果、過密ダイヤで乗客を大量輸送することでしかお金を稼げない東海道新幹線では「迷惑な存在」となっていたそうです。
このほかにも、500系新幹線には以下のような問題がありました。
・他の形式(300系や700系など)の新幹線よりも定員が少ないこと
・円筒型のため、車内の断面積が従来の新幹線より小さく、車内に乗車しているとやや圧迫感を感じる構造であること
そして、デビューからわずか10年ちょっとしか経っていないにもかかわらず、2010年に500系新幹線は「のぞみ」運用から離脱してしまいました。
その後、500系新幹線は16両編成から8両編成へと短縮されたのち、山陽新幹線で「こだま」運用を中心とした輸送を担っています。
500系新幹線の歴史➂:メンテナンスのしづらさ
ここまで、500系新幹線の華々しいデビューから、東海道新幹線の離脱に至るまでを説明してきました。
ここまでの説明を聞くと、JR東海が一方的に500系新幹線を毛嫌いして引退に追い込んだのかな?と思いますよね。
実は、そんなことはありません。
JR西日本側でも、500系新幹線は円筒のような形状に独特な車体設計がされていたため、「メンテナンスが面倒くさい」「あの車両は早くいなくなってほしい」など、内部では厄介な存在として迷惑がられているそうです。
500系新幹線の歴史④:ネタ路線へ
それでは、現在この500系新幹線はどうしているのでしょうか?
東海道新幹線という第一線から引退した後は、車両も短くなりました。
そして、山陽新幹線で「こだま」を中心とした輸送体系で余生を過ごしています。
また、500系新幹線のうち一部の編成では各種キャラクターとのコラボレーション列車などへの利用という、新たな形で運用されるようになりました。
例えば、過去にはプラレールとコラボしたプラレールカーや、エヴァンゲリオンとコラボしたエヴァ新幹線などがありました。
現在は、下の写真のようにハローキティとコラボして、国内外の幅広い層から人気を集めています。

ハローキティ新幹線は、「新大阪-博多間」で1日1往復運行されています。
このような各種キャラクターなどとのコラボレーションですが、ハローキティ以降新幹線、どのような企画が考えられているのかはまだわかりません。
しかし、今後もいろいろな有名キャラクターなどとコラボし、駅や沿線を賑わせてくれるのではないでしょうか。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
本記事では、500系新幹線の数奇な歴史についてご紹介してきました。
世界最高水準の高速化を実現した車両として、華々しいデビューを飾った全盛期から、車体構造の思わぬ弊害により、東海道新幹線から早期に引退していたことには驚きました。
そして現在は、山陽新幹線で人気キャラクターなどとのコラボによる「ネタ路線」へと移行し、第2の人生を過ごしています。
さらに、一般人にとっては斬新なフォルムで人気の車両でも、内部からはメンテナンスがしにくく、あまり好まれていなかったことなどもわかりました。
しかし、今もなお多くの人を魅了し、子供から大人まで幅広く楽しませてくれる車両であることは間違いありません。
その斬新なフォルムと革新の先にある未来は、どんな世界が待っているのでしょうか。
これからも、末永く活躍することに期待したいですね。